「会社を辞めるのを止める」っていいの?~民法と労働法~

「会社を辞めるのを止める」っていいの? ~民法と労働法~

「法律的には会社に辞めたいと言うと2週間で辞められる」、わりと知られているこの話。でも、会社の就業規則を見ると、「退職する場合は1か月前に申し出ること」、こんな規定がよくあります。一見両立しない話に思えますが、実際どういう意味なのでしょう。

※本記事は、いわゆる「正社員」、期間の定めのない労働契約を結んでいる人が、退職することについての記事です。

目次

1.退職の種類

退職の種類

退職は、法律上では2種類に分けることができます。

・辞職

⇒前者の「2周間で辞められる」はこちら。民法627条に定める「一方的な意思表示」であり、労働者が「辞めます」と使用者に申出、申出の日から2周間後に、使用者の意思に関係なく退職するというものです。

・合意退職

⇒後者の「退職するときは1ヶ月前に」は、こちら。就業規則(労使の契約)を根拠とするものであり、労働者が「○月○日付で辞めたいです」と申込み、使用者が「いいですよ。その日付で雇用契約は終わりにしましょう。」と合意し、退職になるものです。こちらは、「申込み」にあたるので、撤回の問題が生じてきます。

2.退職に関係ある法律

退職については、労働法(労働基準法や労働契約法など、労働問題に関連する法律全体の総称)に定めはありません。どの法律に定めがあるかというと、民法です。そのため、民法の特別法にあたる労働法においては、退職に関して定められていないのです。(※)
※会社側からの雇用契約の解約申し入れ(解雇)については、労働基準法20条(解雇予告)・労働契約法16条(解雇)に定めがあり、労働者保護の方向に修正されています。これは、民法は当事者が対等だという原則で規定されているものの、現実には労働者より使用者の力が強いことが多いためです。

3.合意による撤回

「辞職の意思表示」であろうと、「合意退職の申込み」であろうと、当事者で合意すれば、撤回は可能です。
実務的に問題になるのは、「合意退職の申込み」のケースで、「使用者の合意なく撤回」が出来るかでしょう。

4.合意退職の申込

一般的に合意退職の申込は、民法525条に定める「承諾の期間の定めのない申込」にあたります。
※退職したいと言う際、いつまでに返事が欲しいというのは、一般的ではないですね。
なお、民法第523条より、承諾の期間を定めてした場合は、撤回は出来ません。ただ前述のとおり、当事者で合意ができた場合には撤回可能です。
「第525条 承諾の期間を定めないでした申込は、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。ただし、申込者が撤回をする権利を留保したときは、この限りでない。」
これだけ見ると、労働者が「○月○日付退職したい」と伝えても、「相当な期間を経過」するまで、撤回できないように見えます。

※「相当な期間」というのは、申込みを受けたもの(使用者)が、どうするか考える時間+どうするかの意思表示が申込者(労働者)に到達するのに必要な時間を加えたものと解するのが一般的です。
※「ただし」以降は、労働者が退職の申込みを、「撤回することがあり得る」と伝えておくことを指します。

しかし、同525条2項により、対話が継続している間(承諾の意思表示をするまで)は、労働者は退職の申込みの撤回が可能です。
「2 対話者に対してした前項の申込は、同項の規定にかかわらず、その対話が継続している間は、いつでも撤回することができる。」
※対話者とは、意思表示が到達するまでに時間を要する者を要しない者をいいます。判断基準は、空間的な距離ではなく時間のため、電話の相手方は対話者となります。勤め先に意思表示するのは、時間がかかるわけではないので、勤め先は「対話者」ということになります。

さらに言えば、同525条3項により、使用者は退職申込みに対し、それを承諾するときは「承諾する」という通知をしないと、原則としてその申込の意思表示の効力はなくなります。(=退職したいという話はなかったことになる)
「ただし」以降は、労働者が「通知がなくても、対話の終了後も退職申込みの効力は失われないですよ」と伝えることを指しますが、そんなことを言ってくる労働者は普通いないですね…。
「3 対話者に対してした第一項の申込に対して対話が継続している間に申込者が承諾の通知を受けなかったときは、その申込は、その効力を失う。ただし、申込者が対話の終了後もその申込が効力を失わない旨を表示したときは、この限りでない。」

5.実務上望ましい対応

以上を踏まえ、労働者から「退職したい」という話があったら、
①「辞職の意思表示」か「合意退職の申込」、どちらなのかを確認・判断する。
※一般的には、辞職の意思表示は「退職届」、合意退職の申込は「退職願」ということが多いですが、名称のみで判断せず、中身を斟酌する。
②合意退職であれば、速やかに会社として承認するか、拒否するかを決める。
③決裁権限のある人が、辞職であれば「辞職の意思を受け取ったという通知」、合意退職の申込であれば「諾否の通知」を行う。
※日頃より退職したいと言われても何も諾否の通知などをしていない場合、民法527条より、意思表示があった時に承諾したとされてしまう危険性があるためです。
④会社からの通知を受けたという、労働者からの通知をもらう。

「第527条 申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する。」

退職については、辞める人のことだからと、適当に扱っている会社も散見されますが、いざ「辞めるのを止めたい」と言われると、会社としては「すでに後任の採用をし、引継ぎ済。働かせる場所も雇う余裕もない。」となることが考えられます。日ごろから、社内での扱いを整えておきましょう。

執筆者

社会保険労務士  永井 健太郎

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