近年、猛暑の影響により、職場での熱中症発生件数が増加傾向にあります。
厚生労働省は、令和6年の職場での熱中症による死傷者(死亡・休業4日以上)は、1,257人(前年比151人・約14%増)と発表しています。
このような状況から、令和7年6月1日より「労働安全衛生規則」が改正され、一定の作業環境下において熱中症予防対策が企業の義務となりました。
本記事では、義務化の背景や具体的な罰則、企業が取るべき対応などをわかりやすく解説します。
熱中症リスクの高い業務に従事する従業員を抱える企業のご担当者は、ぜひ最後までご覧ください。
令和7年6月1日から熱中症対策が義務化【労働安全衛生規則改正】

令和7年6月1日から、労働安全衛生規則の改正により、要件を満たす場合には、職場での熱中症対策が義務化されました。
公布日 | 2025年4月15日 |
施行日 | 2025年6月1日 |
以下では、改正の背景や対象業務の範囲、義務に違反した際の罰則について解説します。
適切に対応するためにも、まずは制度の全体像を把握しておきましょう。
職場における熱中症予防対策が義務化された背景
厚生労働省は、令和6年に職場で発生した熱中症による死傷者は1,257人(うち死亡は31件)と発表しました。
屋外作業を伴う業種において深刻な問題となっており、全体の約4割が建設業や製造業で発生しています。
特に、死亡災害となってしまった事例では、初期対応の放置や対応の遅れが見られました。
こうした状況を受け、政府は一定の条件下での熱中症対策を義務付ける方針を打ち出しました。
これは従来のような努力義務ではなく、安全配慮義務の一環として規定されます。
熱中症対策を怠った企業に対する罰則
企業が熱中症予防対策を講じなかった場合は、労働安全衛生法第120条に基づき、「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」が科される可能性があります。
また、労働基準監督署による勧告や企業名の公表など、行政指導の対象となる場合も。
さらに、熱中症が労災認定された場合には、安全配慮義務違反によって、損害賠償請求のリスクも発生します。
従業員、そして会社を守るためにも、自社で行うべき対策をしっかりと把握しておきましょう。
熱中症対策として企業に求められる対応と手順

令和7年6月1日施行の改正労働安全衛生規則では、熱中症対策の具体的な体制整備と対応が義務化されました。
ここでは、要件を満たす場合に企業が取るべき対応について解説します。
熱中症患者を見つける報告体制の整備
まず重要なのは、熱中症が疑われる症状を迅速に把握できる報告体制の整備です。
例えば、現場責任者や班長が定期的に作業員の体調を確認し、異常が見られた場合にはただちに上長に連絡が入る仕組みなど。
企業の規模に応じて、管理体制や報告ルート・連絡方法を文書化しておくと、より実効性が高まるでしょう。
重篤化を防ぐための対応手順の作成
熱中症は初期対応が生死を分けるため、重篤化を防ぐために応急処置の手順をマニュアル化しましょう。
例えば、
・作業離脱(涼しい場所への退避)
・身体冷却(衣服の緩和・体温の低下処置)
・水分補給(意識がある場合のみ)
・医療機関への搬送(必要な場合には救急
などを明記しましょう。
対応手順に伴い、冷却設備の強化や氷のうなどを常備しておくこともおすすめです。
関係者に周知する
報告体制や対応手順を整備しただけでは不十分であり、全従業員に対して内容を正しく周知することも法令の中で求められています。
具体的には、朝礼での共有や訓練・研修を通じて、関係者全員に周知できる体勢を整えましょう。
この周知義務は、雇用形態に関係なく発生するため、日雇いの労働者にも適用されます。
また、外国人労働者にも適用されるため、多言語でマニュアルなどを整備しておくとよいでしょう。
熱中症対策の義務付け対象となる作業の要件

令和7年施行の改正労働安全衛生規則では、「熱中症予防措置が義務化される作業」として、以下2つの明確な要件が設けられています。
1. WBGT28度以上または気温31度以上の環境での作業
2. 連続1時間以上または1日4時間以上の実施が見込まれる作業
単に暑い場所での作業というだけでなく、一定の基準に基づいて義務の有無が判断されます。
以下では、関連する指標や対象となる業種についてみていきましょう。
そもそも熱中症とは?WBGT値とは?
熱中症とは、体温の上昇や水分・塩分のバランスの崩れによって、体内の調整機能が破綻することによって、頭痛・吐き気・意識障害などを引き起こす障害の総称です。
そして、熱中症を予防することを目的とした指標が「暑さ指数(WBGT)」です。
「Wet Bulb Globe Temperature」の略で、以下3つの要素を組み合わせて算出されます。
・湿度
・周辺の熱環境(日射・輻射など)
・気温
気温と同じ(℃)で値を示しますが、その値は気温とは異なるので注意しましょう。
出典:環境省
WBGT値28℃以上が「厳重警戒」ゾーンとされており、この値を超えると熱中症患者が著しく増加することがわかっています。
熱中症対策が義務付けとなる業種は?
熱中症対策の義務付けとなる業種は限定されておらず、どの業種であっても、要件を満たす場合には対象となります。
さまざまな業種のなかでも、義務の対象に該当しやすい業種をピックアップしました。
・建設業(特に夏季の屋外現場作業)
・製造業(高温の機械や炉のある作業場)
・農林水産業(屋外での農作業や漁業)
・運送業(荷積み・荷降ろし作業)
・ごみ収集・清掃業務(防護服を着用する屋外作業)
・イベント設営などの屋外作業
また、冷房のない工場や倉庫など、屋内でも高温環境にさらされるケースでは、WBGT値にかかわらず熱中症リスクを適切に判断しましょう。
自社の労働環境が義務対象かどうか、定期的な数値の測定などを通じて明確にしましょう。
見落としてしまうと罰則の対象になるため、判断に迷う場合は社労士や産業医に相談することがおすすめです。
熱中症対策のチェックリスト

熱中症対策チェックリストの1例をまとめましたので、ぜひ参考にしてください。
- WBGT値の定期測定を実施しているか
→屋内外を問わず、作業環境の気温・湿度・熱環境を把握しているか - 熱中症のリスクが高い作業に関する作業マニュアルを整備しているか
→作業時間の短縮や休憩の取り方、水分補給のタイミングなど - 作業者の体調を確認する仕組みがあるか
→作業前の健康チェックや、日々の体調記録、朝礼時の声かけなど - 水分・塩分の補給ができる環境を整えているか
→冷水やスポーツドリンク、塩飴などの備蓄 - 冷却設備や休憩所が十分に整っているか
→空調・冷風機・遮光テントの設置など - 緊急時の応急対応マニュアルが整備され、従業員に周知されているか
→誰が、どのように、どこへ連絡するかを明文化しているか - 熱中症発症者の報告・再発防止措置が記録されているか
→発症の経緯・対応状況・再発防止策を記録し、全社で共有しているか - 外国人労働者や若年層への熱中症教育を実施しているか
→言語・文化・年齢に配慮してマニュアルが整備されているか - 熱中症予防に関する研修を行っているか
→安全教育の一環として定期的に実施しているか - 熱中症予防管理者を選任しているか
→現場責任者・管理監督者が明確に役割を担っているか
企業におすすめな熱中症対策事例

熱中症対策の義務化に伴い、企業ごとに熱中症対策が求められます。
ただし、作業内容や職場環境によって適切な対策は異なるため、自社に合わせた工夫が必要です。
ここでは、効果が確認されている代表的な熱中症対策を6つ紹介します。
暑さ指数(WBGT)の把握・評価
まず基本となるのが、WBGTの継続的な測定です。
測定器を導入し、作業場ごとに定期的に記録を取り、28℃を超える環境では休憩を促すなど、実際の数値に基づいて対応する企業が増えています。
また、WBGT値がピークを迎える日中には、作業の負荷を下げたり、屋外作業を中止する判断ができるよう、情報共有体制を整えている企業もあります。
作業環境の管理・時間の短縮
建設業の現場などでは、直射日光を避けるための簡易テントの設置や、送風機・冷風機の設置が進められています。
また、夏季には朝方や夕方に作業をずらして行う「時差出勤」も熱中症対策としての効果があります。
倉庫内作業では熱がこもってしまうため、高温機器の稼働時間を分散させることで、室温上昇を抑制するなどの工夫も大切です。
服装の調整・定期的な水分や塩分の摂取
通気性の高い作業着の導入や、冷却ベストの貸与など、服装面での工夫も進んでいます。
また、一定時間ごとに水分補給を促すアナウンスやタイマーを導入し、強制的に水分補給の時間を設ける仕組みを構築している企業もあります。
塩分補給用のタブレットや経口補水液を常備し、休憩所などで自由に摂取できる体制があるとよいでしょう。
暑熱順化への対応
新たに暑熱環境で働く従業員には、身体を慣れさせる「暑熱順化期間」の設定が効果的です。
急な酷暑下での作業開始は体調不良を招きやすいため、初日は作業時間を1〜2時間に制限し、徐々に身体を慣らしていく期間を設けている企業もあります。
暑熱順化は熱中症リスクを大きく減らす要素として、厚生労働省も推奨しています。
熱中症は気温がそこまで高くなくとも発症するリスクがあるため、気温だけに気を取られず暑熱順化という考え方を意識しましょう。
健康管理・作業前のプレクーリング
朝礼時における従業員の体温測定や問診、過去の熱中症歴の確認など、従業員の健康管理を徹底しましょう。
熱中症リスクの高い従業員には、作業を制限する判断も必要になるでしょう。
また、作業前に冷たい飲料を摂取したり、首元を冷やすなど「プレクーリング(予冷)」の導入も推奨されており、身体が熱をため込みにくい状態で作業に入れるように環境を整備している企業もあります。
熱中症予防管理者の設置
現場単位で熱中症対策を強化するには「熱中症予防管理者」の設置が効果的です。
熱中症対策の責任者を明確にし、チェックリストの点検、対応マニュアルの徹底、従業員への指導などを管理する人を決めましょう。
製造業などでは、班ごとにサブの管理者も設置して、熱中症を早期に発見できる体制づくりが進んでいます。
まとめ
令和7年6月1日より施行される労働安全衛生規則の改正により、特定の作業環境下における熱中症対策が企業の法的義務となりました。
これまで努力義務にとどまっていた措置が、罰則付きの義務として明文化されたことで、企業には効果的な対応が求められるようになりました。
熱中症は「防げる災害」のため、正しい知識と対応手順、そして現場との連携によってその多くは未然に防止できます。
今回紹介したチェックリストや事例を活用し、自社にとって最適な管理体制を構築しましょう。
職場での安全衛生管理は、企業の信用力にも関わる重要な経営課題です。
今回の法改正を機に、あらためて職場の熱中症リスクを把握し、体制の構築・継続的な環境改善を進めていきましょう。