固定残業代の導入・運用は慎重に!?

 固定残業代を導入するケースが増えています。その背景には、2019年の労働基準法改正が大きく影響していると考えられます。この改正では過重労働や過労死などの社会問題に端を発して時間外労働の上限規制が施行されました。

 法改正による監督行政の強化に伴い、労働時間把握の確認および未払い残業に対する指導・是正勧告が行われています。退職者からの未払い残業代請求が増えていることも固定残業代導入に影響を与えていることでしょう。

 これまで残業代を支払っていなかった会社の未払い残業代対策として導入の的となったのが固定残業代というわけです。この固定残業代について、大きな勘違いをしているケースも見られるため、固定残業代の要件や注意点について確認しておきたいと思います。

目次

固定残業代の勘違いが生む大きなリスク

【勘違い①】定額でいくらでも残業させられる

 固定残業代はその名のとおり定額です。例えば、固定残業代を5万円とした場合、5万円の固定残業代を支払っていれば何時間でも残業させていいわけではありません。携帯電話のように「定額で使い放題」ではありません。このような考えはただの勘違いだけでなく、人を「モノ」とみなす危険な考えです。

 以前、「固定残業代を支払っているのにその分残業させないのはもったいない」といった経営者側の人の話を耳にしたことがありますが、この消費者感覚が労働の現場に持ち込まれることに唖然としたものです。ここに経営者の従業員に対する考えが見えた気がしました。

【勘違い②】労働時間を把握しなくてもいい

 この勘違いも「固定残業代を支払っていれば何時間でも残業させていい」という考えから来ているのだと思われます。そもそも労働時間を把握しなければ固定残業代のみなし時間(見込残業時間)を超えたかどうかを確認することができません。みなし時間は設定しても実際の残業時間は把握しないというのでは本末転倒です。

【勘違い③】みなし時間は何時間に設定してもいい

 固定残業代の金額を決める際、みなし時間に応じて金額を設定しますが、このみなし時間をどのように決めているでしょうか。固定残業代を支払うということはあらかじめ残業を見込んでいるわけです。だからと言って何時間でもいいというわけではありません。

 見込残業時間は時間外・休日労働の協定届(36協定届)の上限時間を超えないようにします。そもそも36協定の上限時間を超えて残業させることはできないわけですから、それを超えるみなし時間を設定することは矛盾しているためです。

【勘違い④】差額残業代はみなし時間を超えた超過時間分だけ支払えばいい

 例えば、みなし時間を20時間とした場合、実際の残業時間が25時間だったとすると、差額分の計算はどのように行うでしょうか。割増単価に5時間を乗じた金額でよいでしょうか。

 固定残業代のみなし時間はあくまで目安です。残業時間合計の25時間に対する残業代を計算し、その金額から固定残業代を差し引いた残りが差額超過分となります。超過「時間」で計算した金額が結果として法所定の割増賃金を下回らなければ問題ありませんが、不足が生じていないかを検証する必要があります。

 差額超過分の支払方法については法律に定めはありません。結果的に法所定の割増賃金が充足されていれば問題ありません。固定残業代は定額の「金額」で支払うものなので、超過分はその「金額」との差額を支払う方が分かりやすいと考えます。

 なお、給与改定や手当の増減があっても固定残業代の金額を変えない場合は、時間単価が変動するためみなし時間に影響がでてきます。20時間みなしとしていたところ、割増算定基礎賃金が増額すると時間単価が上昇するため、みなし時間が20時間を下回ることが考えられます。

【勘違い⑤】みなし時間に満たない残業時間の場合は不足時間分を固定残業代から控除できる

 固定残業代は残業代の前払で支給が確定している賃金です。例えば、みなし時間が20時間の固定残業代の場合で、その月の残業時間が15時間だったとしても、20時間に満たない5時間分を固定残業代から控除することはできません。

 なお、欠勤や休業等があった場合に、固定残業代を欠勤控除等の対象とするか否かについては就業規則、雇用契約書等の定めによります。

 割増賃金の計算方法や割増算定基礎賃金については、下記のブログをご覧ください↓ 知らないと怖い!?割増賃金、正しく計算されていますか?社会保険労務士法人 飯田橋事務所

固定残業代の有効要件

 固定残業代が有効とされるには、判例によりおおむね以下の3つの要件があると考えられています。

有効要件① 固定支払の合意の存在

 固定残業代に対応する時間外労働時間数が何時間分にあたるかを就業規則、雇用契約書等により明示し、合意が取れていること

 固定残業代で支払の対象とする割増賃金を明確に定めます。時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金のいずれを固定残業代の対象とするのかを就業規則、雇用契約書等で定め、労働契約の内容として合意を取っておきます。

有効要件② 明確区分性

 通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分が明確に区分されていること

 割増賃金部分が法所定の割増賃金を下回っていないことを判断するために、通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分は明確に区分される必要があります。

 また、割増賃金部分については、それが割増賃金の対価であることを明確にしておくことが重要です。固定残業代の金額がいくらで、その全額が割増賃金見合いであることを就業規則、雇用契約書等に明記します。

有効要件③ 差額支払の合意及び差額支払の実態

 残業時間により計算した割増賃金が固定残業代を超えた場合は差額を支払う旨を就業規則等に明記し、実際に差額を支払っていること

 固定残業代をもって法所定の割増賃金を支払わなくて良いというわけではありません。労働基準法は最低基準のルールを定めたものですので、固定残業代が法所定の割増賃金を下回った場合は、当然にその差額を支払う必要があります。

固定残業代の導入・運用の注意点

①固定残業代に対応する時間外労働時間数は36協定の上限時間を超えないようにすること

 時間外労働の上限が法律で定められました。限度時間として、月45時間・年間360時間(1年単位変形労働時間制の場合は、月42時間・年間320時間)となっています。特別条項を締結したとしても時間外労働と休日労働の合計で月100時間未満、2~6か月平均で80時間以内、時間外労働が年間720時間となっています。

 これらの上限を超える36協定を締結することはできません。したがいまして、上限を超えるみなし時間の設定は無効となる可能性があります。

②固定残業代を除いた金額(基本給と諸手当(精皆勤手当、通勤手当、家族手当、所定外給与を除く)の合計)の時給単価が最低賃金を下回らないこと

 通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分の割合を考えると、固定残業代の金額を高く設定すれば通常の労働時間に対する賃金部分は低くなります。その際、通常の労働時間に対する賃金部分の時給単価が最低賃金を下回らないように注意しなければなりません。

③名実ともに割増賃金の対価であること(営業成績に応じて支給する営業手当のようなものは該当しない)

 たまに営業手当という名の固定残業代を見かけることがあります。固定残業代はそれが割増賃金の対価であることを明確にすることが重要であることは説明しました。営業手当という名称の場合、営業職に支給するものや営業成績に応じて支給するものがあります。これ自体は残業の対価とはみなされません。また、これらの営業の対価としての性質と割増賃金の対価としての性質のものを混在させた場合、明確区分性の点で固定残業代が否定的される要素となります。

 したがいまして、固定残業代はその全額を割増賃金の対価として明確に定めることが重要です。

④固定残業代の有効性が否定された場合は、固定残業代を割増賃金の算定基礎に含めて再計算しなければならなくなる

 適正な固定残業代は割増賃金の算定基礎から除外されます。しかし、固定残業代の有効性が否定された場合は、「固定残業代としていたもの」を割増賃金の算定基礎に含めて残業代を再計算しなければならなくなります。固定残業代の有効要件を満たすように慎重に運用することが求められます。

⑤支給総額を変えずに固定残業代を導入する場合は、労働条件の不利益変更になる

 例えば、基本給30万円のみだったところ、30万円の総額は変えずに5万円を固定残業代とした場合、基本給は25万円となります。基本給が下がることで時給単価も下がります。したがって、この場合の固定残業代の導入は労働条件の不利益変更となります。不利益変更の手続としては、固定残業代導入の必要性について従業員への十分な事前説明(労働組合がある場合は労働組合との協議)、導入までの経過措置や代替措置の検討、従業員の個別同意の取得が必要となります。

 ここでは経営者の従業員に対する考えや姿勢が問われます。真摯に対応することが信頼関係につながります。裏を返せば、ここで一方的・形式的に対応すると、従業員の不満や不信を買い、のちに未払い残業代請求などのしっぺ返しを食うことにもなりかねません。

まとめ

 固定残業代を導入するメリットは何でしょうか。考えられることとしては、固定費を抑えて未払いのリスクを減らすこと、見かけ上の給与総額を高く見せることといったところでしょうか。これまでの賃金をもとに残業代を計算すると支払う残業代は多くなるため、賃金総額を変えずに固定残業代を導入したいというのが経営者の本音でしょう。

 ただし、労働条件の不利益変更の手続きを経て固定残業代を導入したとしても未払い残業代のリスクがなくなるわけではありません。ただ単に人件費を抑えてリスク対応するという考えでは、従業員の納得を得ることは難しいのではないでしょうか。長時間労働を減らすこと、有給休暇の取得促進など、従来の働き方を変えて働きやすい職場づくりをしていく取り組みとセットで進めていくことが大切だと思います。

この記事を書いた人

社会保険労務士 横島 洋志

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